- 2008/12/22(月)
「いたいた」
カチーナ・タラスクは忙しい整備の合間を縫ってフォルカと話している長身の男に近寄った。後ろから部下がけたたましい声を上げながら止めにくる。
「ちょっとまってくださいカチーナ中尉!無茶ですってば!」
「いいから黙ってろてめぇは!」
大喝一声、ディフェンスに定評のある部下を黙らせてなみだ目にさせるとカチーナは相手に向き直った。
「ゼンガー少佐、ちょっと話がある」
話を止めてゼンガーは振り返る。
「なんだ」
カチーナは率直に言った。
「あんたの零式、あたしに譲れ」
DGGの後ろから面白そうな顔をしたリシュウが出てきた。それを見てさらに慌ててラッセルが叫ぶ。
「中尉!上官に向かってなんて口を……」
「そういうの苦手なんだよ。それにな、こいつは軍を抜けてる。よけいな気遣いのほうが無駄じゃねえか?」
「……カチーナ・タラスク。
ヒリュウ改所属。25歳。階級は中尉。スコアは36機、だったな」
「よく知ってるじゃないか」
「ATX計画の時に名前だけは上がっていたからな」
「名前『だけ』とはよく言ってくれたじゃねぇか!」
正確に言うと志願したのである。計画名は知らないがテストパイロットの任務には片端から応募していた。片端から落選したが。
「ああ。ワンオフ機に乗りたがる突撃狂という報告が当時の上官から来ていた」
嫌味寸前の台詞もゼンガーからでると水道水より味気ない淡々とした事実になってしまう。それがさらにカチーナの毛並みを逆立てて、色違いの目が細くなる。
「おっさん。喧嘩売ってるのか」
うってるのはどっちですか――部下のぼやきとも周りの感想ともつかぬささやきをカチーナは無視した。
「いいや。
……何故ワンオフを欲しがる?」
「零式、参式。それにDGG。
稀代の天才に自分専用機を作ってもらったあんたにゃわからんだろうさ」
ジョサナン・カザハラ。
リシュウ・トウゴウ。
そしてビアン・ゾルダーク。
ズィーガーリオンのように専用カスタマイズというレベルではなく、それこそコクピットの位置、シートの角度ですらゼンガー自身に合わせた特機を天才たちは作り上げる。
配備されたゲシュペンストの色から自分で塗り替える自分たちとは全く違う。
しかも、開発され廃棄されていく数多いワンオフ機の中で、ゼンガーの乗った機体は全て後の機体にいかされ、また乗り続けられる名機と呼ばれるものばかりである。
その事実の前では、専用機だからそれだけの戦果を上げられるんだろうという陰口が霞む。
カチーナはただ顔を上げて真っ直ぐにゼンガーの目を射る。
「ゲシュじゃあたしの動きについてこれねえ。
もう少しあたしが早けりゃあ、もう少し装甲があつけりゃあ、
もう少し機体がなんとかなってりゃ死なせる奴らが減って済む……」
電子臭が満ちる、死体さえ残らないPT戦。
その中で幾度悔やみ幾度嘆いただろう。
後続の航空機を守れなかったことを、無辜の市民を犠牲にしたことを、ただ自分がもう少し強ければそうならなくて済んだかもしれないという可能性だけを刻み付けて次の戦場に向かう。
「そいつがパイロットの気概ってもんだろ、違うか旦那!」
「違うな」
宇宙は絶対零度である、というくらい当たり前の事実をいうようにゼンガーは断定する。
「それだからこそ、お前を選びはしなかった」
「どういう意味だそれは!」
一瞬、カチーナは、この男が裏切ったという事実を冷徹に思い出していた。あのとき握っていたゲシュペンストのハンドルの感触も同時に。汗じみて奇妙に寒い、風邪を引いたときのようなあの悪寒。
この男はまだ何処かで自分たちを裏切っているのかもしれない。
カチーナは女だ。
だからこそ、直感に生きる。
あまりにも女性的に直感に生きるから、一見してそうは見えなくなるほどに、カチーナは女だ。
その勘が全身で訴える。
この男は、まだ、敵になるかもしれないと。
疑いの中でゼンガーは話し続ける。
気にもせずに続けている。
それだから、誰かに疑われたり嫌われたりということがあるという不利を知っていて、それでも平然としている。
誰にも媚びない。振りかざした剣のごとく真っ直ぐなその姿勢は理解も拒む。
ただ在ればいい。
ただ進めばいい。
退く事を知らず、いつかレフィーナ・エンフィールドに告げたように、それだけがゼンガーという人間の強さであり、愚かさであるかもしれない。
ただ一言説明すれば済むことをこの男はせず、故に疑念を抱かれる。
――こいつは知った人間じゃなきゃ、誰一人守るつもりもないのかもしれねぇ。
カチーナはそう思う。
「その兵器でどれだけ人を守れるか。それは、指揮官の考えることだ」
そしてゼンガーは答えを出した。
「……あたしは!」
「お前にはテストパイロットより後進育成が向いている。
そう判断した上で計画から外した」
それとも……」
冬空のように冷たく薄い青の目がカチーナを射抜いた。
「ろくに動く保障もない機体で誰を守り誰を死なせずに済ませる?
なにか質問はあるか、カチーナ・タラスク中尉」
「ああ」
血圧180脈拍150ほどにもさせて事態を見守っているラッセルを背後に感じながらカチーナは尋ねた。
「あんたは、そのろくに動きもしない機体でどうするつもりなんだ?」
「その機体でどれだけの敵を打ち砕けるか。
どれだけの弾を叩ききれるか。
どれほどの性能を引き出していけるか。
ゲシュであろうとワンオフだろうと、俺にとってはそれだけのことだ。
周りを気遣う戦い方など、残念ながら俺には出来かねる」
「……」
「……。あんた、指揮官辞めて正解だよ。
あんたみたいなヤツの部下なんざ、どんだけ苦労するかわかりゃしねえ」
「そうだな。器じゃない。
――引継ぎ無しで継がされたキョウスケが聞いたら怒るだろうが」
「笑い事じゃねぇよ」
野次馬の中に本人を見つけて、トーンを落す。すぐ向きなおった。それだけの胆力がある。
カチーナは背中に3人背負っている。
「誓え」
真っ直ぐに指を突き出してカチーナは言う。
「もう二度とあたしらを裏切るな。あたしの舎弟にしてくれたこと、忘れたわけじゃねえ。
誓え――ゼンガー・ゾンボルト!」
「断る」
カチーナの両の目が赤くなったように感じた。「一度裏切った身だ。その誓いをお前は信じるか」
「……二度させると思ってんのか?今度は背中からでも撃つぜ?」
「では、お前が裏切らぬ保障は?カチーナ・タラスク」
「てめぇ!」
「お前はそういう人間だ。身内に関しては限りなく甘い。部下を人質にでも取られたら手が出せない」
そりゃ御互いさまだと言いかけてカチーナは黙った。あの地下でゼンガーはひるまなかった。ソフィアがいると知っていてだ。「だから、お前に零式は相応しくない。あれは俺とともに泥を被った、旧DCの機体だ」
ゼンガーは静かにリシュウへ会釈した。
「それでもまだ零式に乗りたいというものがいるのは、ありがたいことだと思う。だが、連邦軍人が乗る機体ではなくなってしまった。
連邦軍はゲシュペンストを選びお前はそこで戦うことを望んだ。
考えてみれば俺がゲシュペンストで戦ったことがないのは、偶然ではなかったのかもしれんな」
――戦いたかっただろうに。
不意にカチーナはそう思った。
誰だって好きで裏切りを働くわけではない。ゼンガーのような性格であればなおさらだ。
考えてみれば誰よりもゲシュペンストで戦うことを望んだのは、それをつくりあげた彼ら教導隊ではなかったか。それは叶わず個々の道を選び、ただ一人ゼンガーだけはゲシュペンストでの戦闘記録はない。
もし仮に上層部の脳みその風通しがもう少しよくて、教導隊の提案したプランが受け入れられていれば、ゾルダークもマイヤーもDC戦争を起こすこともなかっただろう。
そうなっていたとしたらこの男の歩む道はまったく違っていただろう。裏切ることもなく、ゲシュペンストで戦果をあげ、まぶし過ぎて迷惑な栄光と缶バッジより多少ありがたみがある勲章と雀の涙の報奨金と、何より面映い仲間たちからの祝福を受けていたはずだ。カチーナの士官学校時代の教官が孫でも見るまなざしで笑顔を向けていたときには気色悪くてうれしかった。
ゼンガーにはそんなものはなにもない。もはや表立っては誰一人褒めるものもなければ戦う理由すらないかもしれない。この先どれほど敵を倒そうが、ゼンガーが受けるものはなにもない。
「あんたにはゲシュペンストすらないってことか」
その代わりの力、その代わりに稀代の天才が与えたのはDGGという鋼の武神だ。
「そうだ」
「……それでもあたしはあんたと敵対したら撃つだろうね」
「そうだろうな」
ゼンガーは真一文字に結んだ唇をややあって開き、ややあって組んだ腕を解いた。体重を違う足に乗せかえる。「……そんな事態にならないことを祈ってはいる」
「そうかい」
今度はカチーナがそうで返した。「それでもいつかあたしが零式に乗れる時がくると思ってるよ」
「……」
珍しくゼンガーが目を丸くした。「ああ。そうだな。
俺のものではないが、そうできたら零式もリシュウ先生も喜ぶだろう」
「まあ、そんときあんたは引退してるだろうけど。……行くぞラッセル。突っ立ってるんじゃねえ」
振り返ろうとしたラッセルはゼンガーを観て一瞬固まった。
それは見事な、教本に掲載してもいいくらい美しい敬礼をしたゼンガー・ゾンボルトの姿だったのだ。指が真っ直ぐに伸び額にかざされ、真っ直ぐに伸びた背は突き刺さるように高い。反射的に腕が上がるのを上官殿が引っ張ってくれる。
「ちょ、中尉……」
引きずりこまれたエレベーターの中でカチーナは踵をあわせた。腕を上げる。
これもまた見事な敬礼だったが、ラッセルは見ないふりをしていた。
「言ったら殴る」
「なんのことです」
小器用になりやがって、と憎まれ口を叩く上官の声を、聞かないことにしておいた。
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カチーナ・タラスクは忙しい整備の合間を縫ってフォルカと話している長身の男に近寄った。後ろから部下がけたたましい声を上げながら止めにくる。
「ちょっとまってくださいカチーナ中尉!無茶ですってば!」
「いいから黙ってろてめぇは!」
大喝一声、ディフェンスに定評のある部下を黙らせてなみだ目にさせるとカチーナは相手に向き直った。
「ゼンガー少佐、ちょっと話がある」
話を止めてゼンガーは振り返る。
「なんだ」
カチーナは率直に言った。
「あんたの零式、あたしに譲れ」
DGGの後ろから面白そうな顔をしたリシュウが出てきた。それを見てさらに慌ててラッセルが叫ぶ。
「中尉!上官に向かってなんて口を……」
「そういうの苦手なんだよ。それにな、こいつは軍を抜けてる。よけいな気遣いのほうが無駄じゃねえか?」
「……カチーナ・タラスク。
ヒリュウ改所属。25歳。階級は中尉。スコアは36機、だったな」
「よく知ってるじゃないか」
「ATX計画の時に名前だけは上がっていたからな」
「名前『だけ』とはよく言ってくれたじゃねぇか!」
正確に言うと志願したのである。計画名は知らないがテストパイロットの任務には片端から応募していた。片端から落選したが。
「ああ。ワンオフ機に乗りたがる突撃狂という報告が当時の上官から来ていた」
嫌味寸前の台詞もゼンガーからでると水道水より味気ない淡々とした事実になってしまう。それがさらにカチーナの毛並みを逆立てて、色違いの目が細くなる。
「おっさん。喧嘩売ってるのか」
うってるのはどっちですか――部下のぼやきとも周りの感想ともつかぬささやきをカチーナは無視した。
「いいや。
……何故ワンオフを欲しがる?」
「零式、参式。それにDGG。
稀代の天才に自分専用機を作ってもらったあんたにゃわからんだろうさ」
ジョサナン・カザハラ。
リシュウ・トウゴウ。
そしてビアン・ゾルダーク。
ズィーガーリオンのように専用カスタマイズというレベルではなく、それこそコクピットの位置、シートの角度ですらゼンガー自身に合わせた特機を天才たちは作り上げる。
配備されたゲシュペンストの色から自分で塗り替える自分たちとは全く違う。
しかも、開発され廃棄されていく数多いワンオフ機の中で、ゼンガーの乗った機体は全て後の機体にいかされ、また乗り続けられる名機と呼ばれるものばかりである。
その事実の前では、専用機だからそれだけの戦果を上げられるんだろうという陰口が霞む。
カチーナはただ顔を上げて真っ直ぐにゼンガーの目を射る。
「ゲシュじゃあたしの動きについてこれねえ。
もう少しあたしが早けりゃあ、もう少し装甲があつけりゃあ、
もう少し機体がなんとかなってりゃ死なせる奴らが減って済む……」
電子臭が満ちる、死体さえ残らないPT戦。
その中で幾度悔やみ幾度嘆いただろう。
後続の航空機を守れなかったことを、無辜の市民を犠牲にしたことを、ただ自分がもう少し強ければそうならなくて済んだかもしれないという可能性だけを刻み付けて次の戦場に向かう。
「そいつがパイロットの気概ってもんだろ、違うか旦那!」
「違うな」
宇宙は絶対零度である、というくらい当たり前の事実をいうようにゼンガーは断定する。
「それだからこそ、お前を選びはしなかった」
「どういう意味だそれは!」
一瞬、カチーナは、この男が裏切ったという事実を冷徹に思い出していた。あのとき握っていたゲシュペンストのハンドルの感触も同時に。汗じみて奇妙に寒い、風邪を引いたときのようなあの悪寒。
この男はまだ何処かで自分たちを裏切っているのかもしれない。
カチーナは女だ。
だからこそ、直感に生きる。
あまりにも女性的に直感に生きるから、一見してそうは見えなくなるほどに、カチーナは女だ。
その勘が全身で訴える。
この男は、まだ、敵になるかもしれないと。
疑いの中でゼンガーは話し続ける。
気にもせずに続けている。
それだから、誰かに疑われたり嫌われたりということがあるという不利を知っていて、それでも平然としている。
誰にも媚びない。振りかざした剣のごとく真っ直ぐなその姿勢は理解も拒む。
ただ在ればいい。
ただ進めばいい。
退く事を知らず、いつかレフィーナ・エンフィールドに告げたように、それだけがゼンガーという人間の強さであり、愚かさであるかもしれない。
ただ一言説明すれば済むことをこの男はせず、故に疑念を抱かれる。
――こいつは知った人間じゃなきゃ、誰一人守るつもりもないのかもしれねぇ。
カチーナはそう思う。
「その兵器でどれだけ人を守れるか。それは、指揮官の考えることだ」
そしてゼンガーは答えを出した。
「……あたしは!」
「お前にはテストパイロットより後進育成が向いている。
そう判断した上で計画から外した」
それとも……」
冬空のように冷たく薄い青の目がカチーナを射抜いた。
「ろくに動く保障もない機体で誰を守り誰を死なせずに済ませる?
なにか質問はあるか、カチーナ・タラスク中尉」
「ああ」
血圧180脈拍150ほどにもさせて事態を見守っているラッセルを背後に感じながらカチーナは尋ねた。
「あんたは、そのろくに動きもしない機体でどうするつもりなんだ?」
「その機体でどれだけの敵を打ち砕けるか。
どれだけの弾を叩ききれるか。
どれほどの性能を引き出していけるか。
ゲシュであろうとワンオフだろうと、俺にとってはそれだけのことだ。
周りを気遣う戦い方など、残念ながら俺には出来かねる」
「……」
「……。あんた、指揮官辞めて正解だよ。
あんたみたいなヤツの部下なんざ、どんだけ苦労するかわかりゃしねえ」
「そうだな。器じゃない。
――引継ぎ無しで継がされたキョウスケが聞いたら怒るだろうが」
「笑い事じゃねぇよ」
野次馬の中に本人を見つけて、トーンを落す。すぐ向きなおった。それだけの胆力がある。
カチーナは背中に3人背負っている。
「誓え」
真っ直ぐに指を突き出してカチーナは言う。
「もう二度とあたしらを裏切るな。あたしの舎弟にしてくれたこと、忘れたわけじゃねえ。
誓え――ゼンガー・ゾンボルト!」
「断る」
カチーナの両の目が赤くなったように感じた。「一度裏切った身だ。その誓いをお前は信じるか」
「……二度させると思ってんのか?今度は背中からでも撃つぜ?」
「では、お前が裏切らぬ保障は?カチーナ・タラスク」
「てめぇ!」
「お前はそういう人間だ。身内に関しては限りなく甘い。部下を人質にでも取られたら手が出せない」
そりゃ御互いさまだと言いかけてカチーナは黙った。あの地下でゼンガーはひるまなかった。ソフィアがいると知っていてだ。「だから、お前に零式は相応しくない。あれは俺とともに泥を被った、旧DCの機体だ」
ゼンガーは静かにリシュウへ会釈した。
「それでもまだ零式に乗りたいというものがいるのは、ありがたいことだと思う。だが、連邦軍人が乗る機体ではなくなってしまった。
連邦軍はゲシュペンストを選びお前はそこで戦うことを望んだ。
考えてみれば俺がゲシュペンストで戦ったことがないのは、偶然ではなかったのかもしれんな」
――戦いたかっただろうに。
不意にカチーナはそう思った。
誰だって好きで裏切りを働くわけではない。ゼンガーのような性格であればなおさらだ。
考えてみれば誰よりもゲシュペンストで戦うことを望んだのは、それをつくりあげた彼ら教導隊ではなかったか。それは叶わず個々の道を選び、ただ一人ゼンガーだけはゲシュペンストでの戦闘記録はない。
もし仮に上層部の脳みその風通しがもう少しよくて、教導隊の提案したプランが受け入れられていれば、ゾルダークもマイヤーもDC戦争を起こすこともなかっただろう。
そうなっていたとしたらこの男の歩む道はまったく違っていただろう。裏切ることもなく、ゲシュペンストで戦果をあげ、まぶし過ぎて迷惑な栄光と缶バッジより多少ありがたみがある勲章と雀の涙の報奨金と、何より面映い仲間たちからの祝福を受けていたはずだ。カチーナの士官学校時代の教官が孫でも見るまなざしで笑顔を向けていたときには気色悪くてうれしかった。
ゼンガーにはそんなものはなにもない。もはや表立っては誰一人褒めるものもなければ戦う理由すらないかもしれない。この先どれほど敵を倒そうが、ゼンガーが受けるものはなにもない。
「あんたにはゲシュペンストすらないってことか」
その代わりの力、その代わりに稀代の天才が与えたのはDGGという鋼の武神だ。
「そうだ」
「……それでもあたしはあんたと敵対したら撃つだろうね」
「そうだろうな」
ゼンガーは真一文字に結んだ唇をややあって開き、ややあって組んだ腕を解いた。体重を違う足に乗せかえる。「……そんな事態にならないことを祈ってはいる」
「そうかい」
今度はカチーナがそうで返した。「それでもいつかあたしが零式に乗れる時がくると思ってるよ」
「……」
珍しくゼンガーが目を丸くした。「ああ。そうだな。
俺のものではないが、そうできたら零式もリシュウ先生も喜ぶだろう」
「まあ、そんときあんたは引退してるだろうけど。……行くぞラッセル。突っ立ってるんじゃねえ」
振り返ろうとしたラッセルはゼンガーを観て一瞬固まった。
それは見事な、教本に掲載してもいいくらい美しい敬礼をしたゼンガー・ゾンボルトの姿だったのだ。指が真っ直ぐに伸び額にかざされ、真っ直ぐに伸びた背は突き刺さるように高い。反射的に腕が上がるのを上官殿が引っ張ってくれる。
「ちょ、中尉……」
引きずりこまれたエレベーターの中でカチーナは踵をあわせた。腕を上げる。
これもまた見事な敬礼だったが、ラッセルは見ないふりをしていた。
「言ったら殴る」
「なんのことです」
小器用になりやがって、と憎まれ口を叩く上官の声を、聞かないことにしておいた。
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